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ホテルウェディングの歴史
さまざまなスタイルの結婚式が増えていますが、依然として人気が高いホテルでの結婚式。現在の結婚式のスタイルを作ったのは、間違いなくホテルと言えるでしょう。では、その始まりはいったいどのようなものだったのでしょうか。時代をさかのぼって見てみましょう。
ホテルでの結婚・披露宴は、帝国ホテルが最初に行ったといわれています。1923年(大正2年)、関東大震災で日比谷大神宮が焼失したことを受け、帝国ホテルが多賀神社の御祭神である伊邪那岐命、伊邪那美命の御分霊をホテル内に安置することになりました。神社を作ったことがきっかけとなり、帝国ホテルでは挙式をホテルで執り行うようになりました。当時、帝国ホテル内には大変広い食堂が存在しており、宴会などに利用されていましたが、なかなか客席が埋まらず用途に困っていました。そこでホテルスタッフが思いついたのが、挙式後に、そのままホテルで結婚式の披露パーティーを行うというものでした。大食堂で披露パーティーが行われるようになると同時に、ホテル内に写真館と美容室を作り、準備から挙式、披露宴まで、すべてをホテルの中で行えるようにしたのがホテルウェディングの始まりと言われています。
日本では、古くから婚礼は自宅で行うものとされ、明治時代までは古式に則り、しめやかに営まれていました。当時は神社での結婚式は行われず、自宅でのみ行うものだったようです。1897年(明治30年)に高木兼寛男爵媒酌の神前結婚式が東京日比谷大神宮で行われて以降、世間に神前結婚式が広まり、神社での結婚式が瞬く間に流行していきました。
大正時代を迎え、自由恋愛が盛んになってくると、格式ばった結婚式は簡略化され、自宅での婚礼の儀式は減少していきました。同時に自宅での披露宴も減っていき、神社で神前結婚式を行った後は、料亭やホテルで宴会を行うというスタイルが主流となっていきました。
そんな中で起こった関東大震災。帝国ホテルがホテル内に神社を作ったことにより、挙式から披露宴まで、すべてをホテルで完了させる結婚式のスタイルが登場しました。ちなみに、東京ヒルトンホテルは山王日枝神社、ホテルニューオータニは出雲大社・東京大神宮、ホテルオークラは出雲大社、パレスホテルは出雲大社、京王プラザホテルは熊野神社が祀られています。
昭和に入ると、結婚式を専門で行う会場が登場します。1931年(昭和6年)には美容室、写真館、衣裳室など、ウェディングに必要な施設が整った総合結婚式場のはしりとして、目黒に「雅叙園」が誕生しました。雅叙園には、邸内に本格的な神殿が常設されており、ホテル以外にもひとつの施設内ですべてを行える結婚式場が登場しました。
戦前、戦後にかけては質素な結婚式を推奨する動きがありましたが、その後、披露宴が一種のショーとして楽しまれるようになってきました。豪華できらびやかな衣裳を選ぶカップルが増え、演出も派手になっていきました。また、戦後の民主化運動の高まりに合わせ、戦中に徹底されていた神前結婚式から、人前結婚式というスタイルに人気が集まるようになっていきました。
ホテルウェディングの人気が不動のものとなったのは、著名人や芸能人の影響が大きいと言えるでしょう。1960年(昭和35年)12月、日活国際ホテルで、俳優の石原裕次郎さんと北原三枝さんが結婚式を行いました。衣裳は黒のモーニング、金襴緞子に角隠し。高さ1メートルのウェディングケーキに豪華な婚礼料理…、いわゆる「ハデ婚」の始まりです。縦に長いウェディングケーキは、この披露宴で始めて登場したと言われています。この様子はメディアで大きく取り上げられ、大変な話題となりました。この頃から、芸能人の結婚式に注目が集まるようになり、一般の間でもホテルでの「ハデ婚」が広く行われるようになりました。また、日本の西洋化に伴い、教会でウェディングドレスを着用して結婚式を行うカップルも出てくるようになりました。1963年(昭和38年)には東京オリンピックに向け空前のホテル建設ラッシュが始まり、それと同時にホテルでの挙式数もうなぎ上りに増えていきました。結婚式場も続々と登場し、人前式や教会式だけでなく、神前での結婚式が再び広く普及されるようになりました。
最初は単に披露パーティーを行う場だったホテルも、時代とともに形を変え、現在では挙式から二次会まで柔軟に対応できるようになっています。今後も花嫁様のニーズに応えて、どのように変化していくか楽しみですね。